デザインのはてな

身近なところでたくさんの発見!

求められることから離れる?

 

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 ある程度の年齢になると成長しづらくなると言われる理由の1つは、今の自分のスキルでまかなえることしかやらなくなってしまうからだと思っています。それは半分は自分のせいで、半分は環境。仕事の任され方が、伸びしろではなく今できることになってしまうからではないかと…。中途採用などで今時点のスキルで判断されるように、周囲から求められることが『今の自分』になってしまうと、それをやり続けることが、今の自分から変わらないことになってしまいます。もちろん、自身で意欲的に学んでいたりすれば別ですが、若い頃に求められて足りない部分を必死に埋めていた時とは同じようにやるのが難しい。

 

お笑い芸人さんで、一発屋と周囲から言われる人でも、残り続ける人といなくなる人がいますが、求められることに応え続けてしまうと、いざ求められなくなった時に何も残っていなかったりします。どこかで求められることを断つ必要もある。求められることに応えるのが仕事だったりもしますが、時にはそれも必要のような気がして…。そうしないと、ずっと今のままになってしまうこともあるからです。気の優しい人ほど求められることを断つのが難しかったりするので、なかなかできないことではありますが、もし、自身の成長にマンネリを感じて、それが環境によるものだとしたら、一度求められていることを断ってみるのもアリかもしれません。

 

あなたは、周囲から求められていることは自身の成長に繋がっていますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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奇襲は毎回成功しない?

 

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 イレギュラーな手法や、一般的な考えとは全く別の切り口などで勝負していた時期があります。それは、自分のスキルがまだ未熟なのが分かっていて、普通に挑んでも太刀打ちできないと思っていたから…。ただ、それらの提案はほとんど通用せず、通っても10回に1回ぐらい。提案が良くないから通らないわけですが、そもそもイレギュラーはレギュラーがあってこそ活きるもので、毎回イレギュラーではそれはもうイレギュラーではないんですよね。結局は正攻法で勝負するしかないということでしょうか。

 

また、自分が他と違う切り口だと考えていることが、本当にそうかと言うとそれも怪しいところ。他の人も同じように考えているかもしれないし、普通にアイデアとして出てきても採用していないだけだったりします。「きっと他はこう考えてくるはず!」と、他の提案を予想できるようになるまでには、たくさんの提案を見て、自分でもいろんな切り口で考えた経験が必要。だから、イレギュラーで勝負するのは経験を積んでからでもいいし、若い頃は正攻法で挑んだ方が勉強になると思っています。他者と違う切り口を探すことはとても良いことで、そうすることで引き出しが増えたりもしますが、『普通』をきちんと学んで身につけていないと『ズラし』も考えられないような気がします。

 

あなたは、自分が他とは違う考えだと思っていますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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決定的瞬間が撮れるわけ?

 

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 どうしてドライブレコーダーは交通事故などの決定的瞬間を撮影できるのでしょうか。答えは簡単で、ずーっとカメラを回しているからです。いつ起こるか分からない事故の瞬間を撮影するために、いつ起きても抑えられるようにしておく。ちょっとした雑談でそんな話が出てきて、結局それしかないなぁとあらためて思いました。交通事故は決して喜ばしいことではないのでひとまず置いておいて、チャンスを掴むためには、ずーっと掴もうと行動していなければならないということ。行動し続けていない人は「チャンスが無い」と言うんですが、行動し続けている人は「チャンスが掴めない」と言いますからね。

 

ただ、この『行動し続ける』は、気合いや根性だけではなかなかできるものではないと思っていて、言葉が適切かは分かりませんが、『覚悟』が必要だと思っています。そのチャンスを掴むまで辞めない覚悟、他に目移りしない覚悟、その道で食べていく覚悟…。十数年仕事をしてきて、この人はと思った人は皆、覚悟を持っていました。あくまで体感ではありますが、持っていない人とは持ってる人ではまるで違っていて、ちょっとした経験や能力ぐらいは簡単に凌駕してしまう不思議な力を持っている。そして、続けることに対してはきついなんて思わない…。ずーっと行動を続けるのも大事なことですが、チャンスを掴もうと意識して行動し続けられるかどうかが実は分かれ道のような気がしています。

 

あなたは、どうやったらUFOの写真を撮れると思いますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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整理上手はカバンを2つ持つ?

 

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 仕事の内容によって、環境を変えている人がいます。道具を変える人もいれば、場所を変える人、音楽を変える人、服装を変える人など様々で、それで気分が変わって仕事がはかどるならOK。変える手間があったとしても、そのまま悶々としているぐらいならその時間は決して無駄ではありません。実際にそうやっている人の切り替えの様子を見たことがありますが、頭の中でスイッチを切り替えるというより強制的に切り替えなければいけなくなる感じで、ちがう仕事にスパンと変わっていました。私も一時期はちょっとだけ真似をして、ペンを変えてみたりして気分転換をしていました。

 

 1つのカバンに荷物を全部詰め込んでいる人は、目的の物をすぐに取り出せるから不自由しないと思っていたりしますが、用途や大きさごとに分かれていた方が探しやすいのは確かです。同じように、自分は頭で切り替えられるタイプだと思っていても、実際は次に頭に移行するまでに時間がかかっていたりします。それでも別に問題はないんですが、実は環境を変えて仕事をしている人たちは、自分で切り替えられると思っているタイプ。もっと効率よく切り替える方法があるはず!と、自分を過信せずに新しい方法を試しているんです。本当は1つのバッグでいいし、わざわざ環境を変えるのは面倒だと思っていたりする。でも、それとこれとは別。もし、自分がうまく切り替えられていると思っていたら、一度試してみてください。あと、切り替えが苦手だと思っている人は逆にやらない方がいいみたいです。話を聞いた人曰く、まずは同じ環境で切り替えられるようになってからでも遅くはないそうですので。

 

あなたは、どんなふうに頭の中を切り替えていますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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普通の人がスゴいと思えるのが一流?

 

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 私は多方面に興味があるタイプではありませんが、興味の無い分野でも、それを目にしたときに「すごい!」と思うことがよくあります。誰かを取り上げた特集やドキュメント番組のように、その人のすごさを語られて説明的にそう思うのではなく、やったことだけを見てそう思うことがあるんです。マイナーなスポーツの中継を食い入るように観てしまったり、手作りのガラス細工をなぜか買ってしまったり、知らない人が描いた絵を気づけば結構な時間観ていたり…。そんなふうに心を動かされるのは、とても気持ちがよく、どこか悔しかったりもします。

 

私はそれが一流と呼ばれる人だと思っていて、いくら同業者からの評価が高くても、賞を獲っていても、普通の人が見たときに「すごい!」と思えなければ、きっとそれはまだ二流ではないかと思っています。勝手にそう考えている私は、いつかそうやって普通の人に感動してもらえるようになりたいと日々思っているんですが、なかなか難しいもので、「相手の心を動かそう!動かそう!」と思えば思うほど、それはうまくいかないような気がしています。仮に狙い通りになったとしても、それは前述のソレとは別物で…。感覚的には、「動かしちゃった」が近いかもしれません。一生懸命に何かをつくる。必死になって練習して本番にのぞむ。そういった当たり前のことをやっているだけではないかと。意図的に感動させることもプロとしては必要なことかもしれませんが、高校野球を観て感動するのは、感動させようとしてプレーしていないことも大きいのではないかと思っています。

 

あなたは、興味のない分野を観て「すごい!」と感動したことはありますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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駅の時計なら正確?

 

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 正確な時間を知りたいとき、私はテレビやスマホ、駅の時計を頼りにしています。それらはたぶん間違っていないはずだから。自分の腕時計が電波時計じゃなかったら、ざっくり時間の把握ができればいいぐらいに考えているんですよね。腕時計はそこまで正確ではないと思っているから。自分の知らない時計だったら、合っていそうでもイマイチ信用できない。疑り深い性格だからかもしれませんが、信用できる所から発信されて情報は信じるのに、少しでも信用できない所の情報は信じられないんです。仮に同じことを発信していても、受け取り方はちがう。

 

正しいことを言っているのに相手に受け取ってもらえなかったり、正論を言っているのに反発されたり、信用してもらえないことが多かれ少なかれあります。それはきっと時計と似ていて、「あなたが言うなら確かにそうですね」と「あなたが言ってもイマイチ信用できない」に別れてしまう。自分が相手に信用されるようになるに越したことはありませんが、きっとすぐにそうなるのは難しい。そこで、その相手が信用している所から伝えてもらうという方法があります。相手に伝わればいいのなら、自分でなくてもいい。1対1で他に誰も関われないような状況なら別ですが、そのぐらい柔軟に考えられるようになるとスムーズに伝わることもきっとあるはずです。ウチの商品は品質が良いといくら叫んでも伝わらないのに、第三者から品質の良さを聞くとしっくりきたりしますからね。

 

あなたは、どこから発信されたニュースなら信じますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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数字だけを頼りにしない?

 

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 100円の商品で、原価が80円のAと原価が40円のBがあったら、どちらの方が品質が高いと思いますか?きっと大半の人が、原価80円のAと思うはずです。でも、実際はちょっと違います。100円で売るのに原価が80円になってしまうのは、作る量が少ないから1個あたりの値段が高くなっているだけだったり、自分たちで直接作っていない商品で問屋さんから仕入れていたら本当の原価はもっと安いかもしれません。逆に原価40円のBは、大量に作っているから1個あたりの値段が抑えられていて、たくさん作る分、品質も安定しているかもしれない。

 

数字のマジックはたくさんあって、よく知らないと目の前の数字を信じて判断してしまうことがあります。そして怖いのは、数字は確かな情報だったりするので、それを疑わないこと。例えば、マーケティングはとても大事ことですが、そこで出てきた数字を信じるのは半分ぐらいにしておいた方がいいと思っています。「この地域はスマホの普及率が100%」と聞いても、1人が2台ずつ持っていて普及率が50%という可能性も考えた方がいい。目の前にポンっと突き出された数字はとても強く、反論の余地もなかったりしますが、そこに自分の体感や経験も重ねて考えるからこそ、その数字も活きてくるような気がします。

 

あなたは、数字を信じて間違った認識をしてしまったことはありますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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もう1つの正解?

 

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 上はバランスがとれた構図。下はバランスを崩した構図になっています。コーディネートでいえば、上が正解。…でも、下も正解だと思っています。仮に、そこに来た人にその部屋に興味を持ってもらいたいような場合、実際、私は下を選んだりもしています。上を見たときは「キレイだなぁ」と思うかもしれませんが、そこから何か生まれる可能性が低い。でも下を見たときは「バランスわるいなぁ。私だったらこうするのに…」となるかもしれない。「私だったらこうする」は、そこに興味を持ってしまっているんですよね。この方法がベストではありませんが、これもきっと1つの正解。

 

デザインに正解は無い。そう言われることがありますが、私は半分賛成で半分反対。デザインの正解はあると思っていて、ただそれが目的や条件によってそれぞれに正解があるだけだと考えています。だから、こうするのがいい!と全てをまとめて言っていることについては、あまり信じていません。私はお部屋のコーディネートの仕事を定期的にやらせてもらっていますが、2回に1回はこう聞かれます。「変わったコーディネートですね」。褒め言葉として受け取っていて、きちんと意図を伝えると共感していただけるので、勝手に「これも正解なはずだ」と思っています。正解が見えていない状態でデザインをしても、どこに向かってよいか分からないような気がするんですが、皆さんはどうしているんでしょう…。

 

あなたは、デザインに正解はあると思いますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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窮屈な肩書き?

 

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「わたし、次の舞台で木の役をやるんです」。そう聞いたら、皆さんはどう思いますか?もしかすると、地味な役だと思う人も多いかもしれません。けれど、主役よりも出番が多くてセリフもあるとなれば、見方は変わるはず…。一瞬しか出番がないけど、それが劇団四季の話となればスゴい!と思うはずです。だから、肩書きみたいなものはよく考えたらあんまり意味のないことで、内容の方がよっぽど重要。ダメな社長もいれば、経営手腕のある平社員だっていますし、デザイナーよりも職人さんの方が良いデザインを出すことなんてよくある話です。肩書きは関係ない。

 

私の周りで活躍の場を広げている人は、皆どんどん肩書きが無くなっていっています。そこにあまり意味がないことが分かっているから。どちらかと言うと、窮屈になっている感じでしょうか。上の例であげた木の役の話のように、それを聞いて地味な役だと思う人がいるなら、無い方が良かったりするわけです。ただ、肩書きを無くすと自由になる反面、中身の質が求められるため、自分を高め続けることが必要になります。「何をやっている人なの?」「へぇ~そんなことやってるんだね。じゃあ今度相談したいことがあるんだけど…」となるだけの説得力が必要になる。もしそれができるなら肩書きは無くした方がいいし、それができないなら説得力のある肩書きを付けてしまった方がいい。会社員の方は、肩書きをどうこうできないと思いますが、もし融通のきく環境だったら、一度見直してみるのもアリかもしれません。

 

あなたは、肩書きでどんなイメージを持ちますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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わるいのは物じゃなくて使い方?

 

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「この場所は雰囲気がいいなぁ♪」と、ふと足元を見ると、そこは大理石。よく見てみると結構主張の強い石で、使い方を間違えたら落ち着いた雰囲気とは一変してゴージャスになってしまう感じでした。とても綺麗な石。でも、同じような石が一面に敷かれているちょっと品の無い感じの場所もよく見かけます。だから、素材がわるいなんてことは一切無く、もしわるいとしたらそれは使い方だと思っています。紫色の壁紙だって、とても居心地の良い空間は作れるし、金ピカのサッシだって決して派手にはならない…。

 

「素材さえ良ければ…」なんて言葉が出てしまうのは、きっと自分が知っている使い方の引き出しが少ないだけのことで、活かせないのは自分のせいです。確かに使い方が難しい素材はたくさんありますが、難しいだけで使えないわけではありません。仮にピントの合っていないボケた写真だって、使い方によっては活かせると思っています。若い頃に「素材のせいにするなんて100年早い!」とよく怒られましたが、その通りで、活かし方も知らないのに文句を言うのはお門違い。もし、「ちょっとこの素材は…」と思うことがあったら、必ず活かせる方法が何かあると考えてみるのがオススメです。それをやらないと、ピッタリの素材が提供されないと何も出来なくなってしまうので、いろんな使い方を身につけたほうがいいかもしれません。

 

あなたは、素材はわるくないけど使い方がわるいと思ったことはありますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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出来ないことをやってみる?

 

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 有難いことに、最近は仕事を頼まれることが少しずつ増えてきて、時には出来ないことも相談されるようになりました。経験の無いことや能力的に足りないこと、時間や予算の制限で出来ないことなど様々ですが、これらをやってみるようにしています。もちろん、相手の迷惑にならないように、自分で手に負えないことは出来る会社や人を紹介したりするんですが、ただバトンを渡すだけではなく、やってみることが個人的にはとても学びが多いと感じています。

 

出来ないことをやると、どれくらい出来ないのかがハッキリ分かります。もちろん、「出来ませんでした…」で終わってしまったら何も得られません。自分が出来ないということは、他の出来る人にお願いしなければならないので、その出来る人がどうやったかをきちんと考察することで、自分のやり方とどう違ったのかが具体的にわかるんです。「あの部分は知識を身につければ出来るようになるかも!」「あそこはもっと表現の幅を増やさないとダメだなぁ」など、出来る相手と出来ない自分を比較すると、足りないことが顕著に表れるんですよね。他人と比較する必要はないとよく言いますが、その人のやっていることを出来るようになりたいのなら話は別。はじめから経験や力量に差があると分かっていても、実際にやってみないとその差は曖昧なままのような気がします。

 

あなたは、実際にやってみたときに自分が出来ないと分かったりしませんでしたか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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他のお店で買いました?

 

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 先日、妻と結婚式に参列するための服を買いに、あるショッピングセンターに出掛けました。そこには専門店が3つほど入っていて、ひと通り下見したところ、欲しいものはあるものの、お店がバラバラ…。A店のドレスとB店のボレロといった具合に、1つのお店で完結することができず、とりあえずメインのドレスを購入。その後、気まづい感じで別のお店に戻ると、店員さんは気持ちよく受けいれてくれ、ボレロを選びやすいようにと他所で購入したドレスをその場で試着させてくれました。自分のお店でもドレスを販売しているのに…。でも、こういった接客がスタンダードになりつつあるような感覚があります。

 

例えば、あるショッピングセンターでは、1フロアに家具屋さんがたくさん入っていますが、C店で気に入った椅子をD店に持ち込んでテーブルに合わるといったことが普通に行われているんです。「逃すぐらいなら少しでも売上げになったほうがいい」と考える人も中にはいるかもしれませんが、私は単純にお客さんの満足を優先しているからだと思っています。結果、売れる。趣味嗜好が多様化している今の時代、自店でお客さんの希望を全て叶えるのはきっと難しい…。それが分かっているからこそ、スッと「ご希望の商品なら、あのお店に確かありますよ!」なんて気の利いたことが言えるんだと思います。ただ、そういうお店がうまくいっている一番の理由は、そんなふうに対応してくれる店員さんがいることだったりしますけどね。

 

あなたは、1つのお店で欲しいものが全て揃ったことがありますか?

 

 

 

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届きそうなら挑戦する?

 

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 はじめての就職活動。私はもともと行きたいと思っていたA企業は受けませんでした。理由は、そのA企業のインターンにも参加できず、求められる能力があまりに足りていなかったからです。そのため、近いことをやっている別のB企業を受けました。B企業なら、もしかしたら手が届くかもしれないと思ったから…。でも、私と同じような境遇と能力の同級生は、A企業を受けて見事に合格しました。きっと彼は、手が届くかもしれないと思っていたから挑戦したんだと思います。

 

届きそうなら挑戦する。逆に考えると、挑戦してほしいと思ったら、手が届くかもしれないと思ってもらう必要が出てきます。私の同級生のようなタイプだったら何の問題もありませんが、当時の私のようなタイプだったら、「手が届かない…」と思うことも多く、なかなか挑戦するまでに至りません。そんなときは、手が届くと思えるところから段階を踏んでいく。他でキャリアを積んで、最終的にA企業に入るという方法もあるわけです。私は、自分がそういうタイプであるにも関わらず、人に何かを教えるときに『段階を踏んで教える』がいまいちピンときていない時期がありました。だいぶ経ってからやっと理解できましたが、どうして挑戦してきてくれないのか不思議で仕方なかったんですが、そのときの相手にとっては全く手が届かないことばかり話されて、挑戦しよう!と思えなかっただけのように思います。

 

あなたは、どんなことに挑戦しようと思いますか?

 

 

 

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住宅街で簡単にタクシーがつかまる?

 

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 テレビドラマを観ていて、「こんなオシャレな部屋に住んでる人いないでしょ」「なんで住宅街でパッとタクシーがつかまるの?」と、昔はよくツッコんでいました。そんな状況は無いと思っていたからです。でも、どれも嘘じゃない。ドラマのセットのような部屋に住んでる人には何人も出会ったことがあるし、所得の高い地域や高齢者が多く交通の便がわるい地域では、普通にタクシーが住宅街を流しています。どれもたまたま見かけただけかもしれないと思って、タクシーの運転手さんに聞いてみたところ、駅前で長時間待ってワンメーターのお客さんを乗せるよりも、そっちを選ぶ人が結構いるそう。

 

私はどちらかというと、経験の無いことは信じられないタイプです。経験のあることでも疑ってかかることが必要だと思っているぐらいですが、時には素直に受け入れた方がいいとも思っています。ドラマだったら、そんなところに茶々を入れずにストーリーを楽しんだ方が単純にいいですよね。仕事柄、矛盾点や一般的ではないところなどを粗探ししたりすることも多いので、私は正直なかなかストレートに受け取れないんですが、プライベートの時はできるだけ気にやらないようにしています。素直に受け取ることができないで損をしていることって、実は結構あるような気がします。粗探しをしてもメリットはあまり無いんですよね。

 

あなたは、疑ってたけど実は本当だったkとおは何かありますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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アナログなひと手間?

 

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「どうしたら温かみを感じてもらえるか?」「親近感を持ってもらえるか?」商品を手に取ってもらったり、興味を持ってもらうためには、“アナログ”は欠かせないと思っています。買い物の目的が明確で、それをめがけて買いに行く場合を除けば、それがないときっと難しい…。昔、こんなことがありました。パソコンでキレイに作り込んだ店頭POPをいつも用意していたんですが、あるとき商品の画像が用意できずに仕方なく手書きのイラストで店頭POPを作成。すると、それまでよりお客さんに見てもらう確率が高くなったんです。もちろんそれまでと商品は異なるので、一概には言えませんが、これはきっと“アナログ”のチカラ。

 

とっつきづらそうなビシッと決めた人でも、ワイシャツの裾がズボンからはみ出ていたら、どこか親しみやすさを感じたりするように、とっつきやすいモノは良い意味で崩したところがあります。それこそ店頭POPも、手描きのコメントは親しみやすかったり…。全部同じ向きに揃って整然と並んでいるよりは、1カ所でもちがう陳列になっていた方が良かったりします。つい先日、本に挟むしおりをイベントに参加した方にプレゼントするため、しおりを印刷屋さんに依頼して作成しました。とてもキレイな仕上がりでしたが、冷たい感じが…。そこで、穴を開けてイベントスタッフみんなで紐を通しました。手間のかかる作業ですし、1つ1つバラつきがあって美しい仕上がりとは言い難いものではありましたが、結果的にそれがとても良かったと思っています。

 

あなたは、アナログなひと手間でほっこりした経験はありますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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