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その言動の『主語』は誰?

 

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 風邪を引いている人がマスクをしない。風邪が移らないように周りの人がマスクをする。提案者は自分が知っている専門用語を羅列して話す。提案される側が、分からない専門用語を調べて理解する。何か変だ。

 

本来、相手が風邪を引かないように、相手が話を理解できるように配慮したいところです。でも、主語が『私』になってしまうと、途端に相手のことは見えなくなってしまいます。私はもう治りかけだから煩わしいマスクは外したい。私が使う専門用語はこの業界ならば知っていて当然だから、知らない相手がわるい。といった具合に。

 

「接客時は風邪を引いていてもマスクをしない。お客さんに失礼だから。」とよく聞きます。でも、風邪を引いているのにマスクをしないでお客さんと話すのは失礼ではないのでしょうか?風邪を移してしまうかもしれません。でも、マスクをしない人の言い分はきっとたくさんあるでしょう。マスクをしたら、(私が)お客さんに敬遠されてしまうかもしれない。会社で(私が)体調管理が出来ていないと思われたくない。ボーッとして頭が働かないんじゃないの?と(私が)思われてしまう。その場でお客さんに(私が)商品を売りたい。(私にとっての)一般常識だから…。あっ「お客さんが嫌がる」も「(私は)お客さんが嫌がる(と思う)」です。きっと。

 

ちょっと強引な捉え方ではありますが、やっていることを文章にしたときに主語が誰になっているか?という考え方は、個人的によく使っている方法です。世の中を見ると、主語が自分になっているサービスはうまくいっていませんが、一方で主語が相手になっているサービスはうまくいっているような気がします。

 

 

あなたがやっていることは『主語』が誰になっていますか?

 

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*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。

 

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