デザインのはてな

身近なところでたくさんの発見!

アメリカの国旗は何回も更新?

 

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 アメリカ国旗の左上の星が増えているのは知っていましたが、27回も更新されているとは知りませんでした。ちなみに今日現在の星の数は50個だそうです。アメリカ国旗の場合は、州が増えるなど分かりやすい節目があるのでデザインを変えやすいのかもしれません。サッカーチームのユニフォームでも、優勝するたびに胸の星を増やしたりするものもある…。そんなふうに状況の変化に合わせて変わっていくデザインがあってもいいのに、最初からずっと変えないデザインが意外とあるような気がします。

 

会社のロゴマークも、有名な企業なんかはマイナーチェンジを繰り返していたりしますが、どちらかと言うと変更していない方が多そう。設立当初から業務内容や時代背景が変わっているのに、ロゴマークはそのままっていうのも不自然といえば不自然です。そういった何かを変える話になると、「設立当初の想いを忘れないために…」「昔からの伝統を変えたくない…」となって論点がズレてしまいがちですが、それが、“いま”を表すためのモノや、“いま”のためにやるコトであれば、合わせて変えることも必要だと思っています。デザインを変えたいから変えるのと、デザインを変える必要があるから変えるのでは全く意味が違うんですが、それを共有するのはなかなか難しいのかもしれません。

 

あなたが、最近家で変えたものと変えなかったものは何ですか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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先輩の立て方?

 

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 知り合いや商品を紹介するような内容のSNS投稿。ほとんどスルーしてしまうんですが、その中のいくつかは読み進めてしまったりします。ただただ褒めちぎっているだけのものは読まないけど、そこに投稿者の本音や想いが混ざっていると読む。「(本音の)私はこう感じた」が一言でも入っていると、仮に否定的な内容でも興味を持ってしまいます。単純にしょっちゅういろんなモノを褒めていたら1つ1つの印象は薄いし、たとえありきたりの言葉でも、長文で紹介していたら、それだけそこに対する想いが詰まっているのだと思うからです。紹介することが目的になっている人と、興味を持ってもらえるために動く人の違いは大きい…。

 

私は上司や先輩を立てるとなった場合、「さすがです!」とか、反論しないとか、誘いは断らないとか、そういったいわゆる可愛がられる後輩的なことは一切できません。やるのは、言葉遣いや座る位置、人前で立場を配慮するぐらい。勤めていた時も、上司の立て方は周囲とはちょっと違って、自分がスキルを上げたり結果を出すことが上司の評価になると思っていたし、今だったらその人を超えるようなアイデアを出したり、他で新しい経験をしてみることが、結果的にその先輩を立てることになると思っています。表面だけ繕うこが苦手なので、勉強の仕方が分からないからと「勉強会開いてください!」とお願いするぐらいなら、とにかく自分でやってみて「〇〇の部分がよく理解できなくて…」と相談する方が、自分も先輩にとっても良いと考えてしまうんですよね。

 

あなたは、どんなふうに目上の人を立てていますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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演出が足りない?

 

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 提案内容は完璧で、プレゼンテーションもバッチリ。要望も全て満たしているのに、相手の反応はイマイチ…。そんな経験はありませんか?私はそれに似た経験をたくさんしてきました。そんな時にある人から言われてのは、「君のプレゼンはつまらない」…。何クソ!とその時は腹を立ててしまいましたが、その人のプレゼンを見たときに、ぐうの音も出なかったのをよく覚えています。提案内容はもちろん素晴らしかったんですが、何よりその場が盛り上がっていたからです。相手が前のめりになって楽しそうにデザイン案を見ている姿を見て、ハッとさせられ、そこからやり方はガラリと変わりました。

 

演出が足りない…。そんな表現もされましたが、確かに空気を作るところが欠けていたんです。例えば、誰かの誕生日を祝うとき。私の場合は、パーティー会場と書かれた入口を入ると、ケーキとプレゼントが置いてあるイメージ。その人のプレゼンは、真っ暗な中に入ると電気がバァーッと付いてクラッカーが鳴り、予想していないサプライズがたくさんあるイメージ。どちらも用意しているモノに大きな違いはありませんが、全くちがうのが分かります。演出というと、過剰に色付けするような印象を持つ人もいるかもしれませんが、相手が気持ちよく受け取れるようにすると考えれば、演出はとても大事なこと。仮にその時の提案が流れてしまっても、そこからまた別の何かが生まれたりします。

 

あなたは、相手に何かを伝えるときに『演出』を意識していますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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相手のお金を使う仕事?

 

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「お金を稼ぐ仕事ではなく、相手のお金を使う仕事。」そう考えるだけで、考え方や姿勢が大きく変わるかもしれません。これはどの仕事でも言えることですが、特に私はデザインという仕事柄、依頼主の会社のお金だけでなく、自社のお金を使うことが多かったので、この考え方をある人から言われたときにズシリときました。例えば、個人商店からチラシを作って配ってもらいたいという相談があったとします。費用は20万円。個人商店でその費用を捻出する大変さは容易に想像ができます。その20万円を使うとなれば、絶対に結果を出さなければいけない意識になる。当たり前のようですが、これが普段100万円を超えるような仕事ばかりをしていると、簡単に済ませてしまいかねません。

 

私は会社に勤めているわけではありませんが、気軽に会社のお金を使っている人が結構いるなぁといつも思います。例えばクリアファイルのような安価なものでも、汚れているから…と新しいものを簡単に買う。外部に渡すためのものであれば新品が良いと思いますが、社内で使うものなら少し汚れていても別に問題ありません。自分の家のものが少し汚れた程度で処分しているか自問自答してみるとすぐに気付けること。自腹でそれをやるのか?自腹でそれをやったらどんな結果を求めるのか?...それを考えるだけでも、そのお金を使うことのシビアさが分かります。もし私がお店をやっていて、集客のために20万円の費用をかけたとしたら、「すいません、あまり良い結果が出ませんでした。」では納得できないはず…。偉そうなことは言えませんが、『相手のお金を使う仕事』をできるだけ意識するようにしています。

 

あなたが、もしディナーで2万円のコースを予約したら、どんな内容を期待しますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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自分が選んでなきゃ説得力ゼロ?

 

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 ある仕事現場から駅に向かう途中に、壁面緑化システムを販売する会社がありました。表向きは普通のオフィスビル。たまたまそのビルの裏側を通ってみたら、ビルの裏側一面に自社の壁面緑化システムを使っていました。商品を宣伝するなら人通りの多い表側に設置した方がいいのに、日当たりの問題などいろいろな理由でそれが難しかったのでしょう。それでも、目立たない裏側に設置をしているところを見て、説得力があるなぁと感心してしまいました。

 

自社の商品をそれだけ良いと言うのなら、自分たちで使っていて当然。逆に使っていないと、説得力に欠けます。勧めるものを何でも自分で使っていなきゃダメなわけではありませんが、もし「あなたにピッタリです!」的な勧め方をするなら、自分と近いあなたも選んでいないとおかしい。「このトレーニングはいいよ!」と言われても、勧めてくれた人がやったことの無いトレーニングをやってみようとは思いません。その商品がどんなに良くても、コストパフォーマンスがどんなに高くても、使っていなければ説得力に欠ける。以前、「お客さんの気持ちを理解するために、実際に商品を買ってみなさい!」と教えられたことがあります。利用したことの無いサービスについていくら良いアイデアを考えても、利用したことの無い人の意見はなかなか聞く耳を持ってもらえません。

 

あなたは、本人がやったことの無いことを勧められてやろうと思いますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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馴染みがないから魅力的?

 

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 ここ数年流行っている、少しラフな仕上げの雑貨や家具。お店で見ていたある老夫婦がこんなことを言っていました。「キズがあったりデコボコしてたり…。どうしてキレイに仕上げられていない物がウケてるのか不思議だねぇ。私が子供の頃は…」。それを聞いて、少し上の世代が流行りの物を受け入れられないのは、受け入れられないのではなくて、見慣れたものだからあらためて魅力を感じないだけだと思いました。子供の頃、修理しながら使っていた所々傷みのある家の生活用品。それと似たものがそこそこの金額で売られていても、魅力を感じにくいのは納得できます。逆に若い世代が魅力を感じるのは、そういった風合いに馴染みがないから…。

 

海外から来たブランドや文化に惹かれる理由の1つは、私たちが馴染みの無いことだからです。洋菓子職人さんの実家が和菓子屋さんだったりするも、馴染みの無い分野への興味からそんな選択をしていたり…。馴染みのあるものはホッとする反面、刺激が少ないですよね。だから、給食でクジラの竜田揚げが出ていた世代にクジラ料理の魅力を語ったところで、響かないのは当たり前。誰かに向けて刺激的な内容を考えるとき、今その瞬間だけを切り取って考えがちですが、もしかすると、その人たちがこれまでどんなものに触れてきて、どんなものに馴染みがあるのかを掘り下げて考えた方が、『馴染みのない魅力』を見つけられるかもしれませんね。

 

あなたが、最近魅力を感じたものは、馴染みのあるものでしたか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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記憶の引き出し上手?

 

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 よくこんなことがあります。雑談中に何かのキーワードが出てきたとき、私が「あ~それ何だっけ~、知ってるんだけどなぁ…」と言っていると、すぐにそのキーワードの話ができる人がいる。すぐにその話をした人も私も、そのキーワードについては知っています。でも、私は記憶の中から引き出せない…。そこで、その人にどうやって引き出しているのか聞いてみると、今で言うところの#(ハッシュタグ)付けをたくさんしておくそう。引き出すために、いろんな箱に同じ話を入れておくイメージです。

 

例えば、おもしろいたい焼きの話を持っているとします。そのとき、私の場合は頭の中の『たい焼き』という場所にその話を保管します。だから、たい焼きの話が出れば思い出しますが、それ以外の話のときには引き出せません。引き出し上手な人は、他の場所にも保管している。#たい焼き #餡子 #おやつ #おもしろい話 #雑談ネタ…。だから、餡子の話題になったときでも、サッと引き出せるわけです。気になったことはたくさん#付けをしておく。あくまでイメージの話ではありますが、歴史を覚えるときのように、何かと関連付けて覚えるようなイメージでやってみると、引き出す力がアップするかもしれません。

 

あなたが、すぐに思い出せる話は、いろんなキーワードで拾えるようになっていませんか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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そのときだけのために考える?

 

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「使い回しのアイデアやフォーマットに当て込むようなやり方では響かない」。基本的にはその考えで私は仕事をしています。当たり前ですが、どの仕事も全く同じことは無いからです。考えた結果、ピッタリ合う何かがあれば別ですが、ピッタリなんてことはほとんど無いので、そこに手をかける必要が出てきます。だから、手間を惜しんで過去にやったものを流用するようなやり方は正直苦手。メールでさえ、定型文をコピー&ペーストすることはしません。面倒でもその都度、文章を考えます。メールの本文が自分に向けられた内容では無かったり、日付が間違っているだけでガッカリした経験が何度もあるから…。

 

2年半ほど前からやっている空間コーディネートのこれまで仕事を整理していたら、つい先日で100件を超えていました。1つの取引先だけではありませんが、専門に学んだわけでもない私にそれだけ仕事を依頼してもらえたのは、本当に嬉しいことです。あるとき、担当の方から「その物件のためだけに考えてくれるからお願いしているんですよ」と言っていただけました。使い回しのアイデアやフォーマットは響かない…。経験の足りない私に依頼しようと思ってもらえるのは、そのポリシーを持っているからなのかもしれません。

 

あなたは、何かで数パターンのプランから選ぶとき、ピッタリのプランはありましたか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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対応してくれてても不安?

 

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 私の周囲には、同時にたくさんの仕事を進めている人がたくさんいます。中には「それ、どうやって対応してるの?」と聞きたくなるぐらいの人も。ただ、大きく2つのタイプに分かれます。『仕事相手から不安に思われている人』と『仕事相手に信頼されている人』です。どちらも仕事をしている時間は同じぐらいなのに、その差が生まれる…。どちらかといえば、『仕事相手から不安に思われている人』の方が、長い時間仕事に費やしているような印象もあります。納期に遅れるわけでもないのにその違いが出てしまうのは、配慮の問題だと思っています。

 

例えば、ネットショッピング。「注文してから1週間で届きます」と記載されていて、ちゃんと1週間後に商品が届けば何の問題もないように思えます。でも、自分が注文した立場だったら、商品が届くまでの間は不安ですよね。「注文を承りました」「ただいま発送の準備をしています」「本日商品を発送しました」「予定通り○日に届きます」…それがあるだけで安心できます。きちんと仕事はしてるのに『仕事相手から不安に思われている人』は、そのちょっとした配慮が抜けているイメージ。「あれどうなってるんですか?」と連絡が来て、その都度返事をしたり対応をしているからバタバタとしてしまうんです。「忙しくてそんなことやってる時間が無い」と言う割には、それ以上に時間をかけていたりするので、たまに不思議に思ってしまいます。

 

あなたが、何かを頼んで安心できる人はどんな人ですか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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できない人ほど難しいことをやろうとする?

 

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 この前テレビで観た素人のカラオケコンテスト。歌を参加者が自由に選べるものでしたが、どういうわけか難しい歌を選んで歌う人が多い…。そんなに歌が上手くない?といったら失礼ですが、そんな人ほど歌い方に特徴があるようなものや英語の歌詞のもの、何オクターブもの広い声域を必要とするものなどを選んでいました。逆に歌が上手な人ほど、誰もが口ずさめるようなメジャーな歌を選択。審査員の目は肥えているので、歌のチョイスに評価が影響されるようなことはなく、実際に優勝した人はカラオケ人気ランキングに入ってるような歌を選んでいました。

 

できない人なんていませんが、“できる人だと思われたい人”が難しいことをやろうとする場面をよく見かけます。例えば質問するような場で、単純に気になったことを聞いてみればいいのに、あえて業界の知識や社会的背景を絡めた内容で質問したり…。仕事で行き詰っている人などに話を聞いて見ても、「えっ!そんなに難しいことをやろうとしてるの?」と、シンプルに考えればいいことをあえて複雑にして難易度を上げていたりします。難しいことにチャレンジするのはとても大事なことですが、難しくなくていいことを難しくすると、自分の実力の無さをただただ浮き彫りにしてしまうだけかもしれません。私もあまり意味のない背伸びをしては、その度に恥をかいています(笑)。

 

あなたは、相手にできると思われたいときに、あえて難しい言葉を使った経験はありませんか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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なんてことないコトが大事なコト?

 

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 なんてことないようなことに、大事なことが隠れている。最近よく、そう思います。このブログのネタも集めるために何かしているわけではなく、普通に生活している中のちょっとした「あれ?」「おっ!」をメモしているだけ。それを後で見て考えたときに、「これってこういうことだったんじゃないの?」と誇大解釈をしてみたりしています。ほとんどどれも、ただただ普通にある話。でもそんな中に、自分を戒める内容や、意識が大きく変わるような刺激があったりするんです。正直私はあまり勉強をしてきていませんが、そういったことが今の自分を作っているような気がしています。

 

つい先日、「どうしてこのホームページのメニューは上にあるのか?」と聞かれました。なぜ、メニューより先に商品を紹介したり、コンセプトを語ったりしてはダメなのか?と。その時私が答えたのは、初めて会った人に自己紹介するときと似ているという話です。「よく知っている人なら急に具体的な話をしてもいいけど、初めて会う人や大勢に向かって話すときは、話し方が違いますよね。それに、興味を持って見にきた人ばかりではない。『初めまして○○(サービス名)です。これから、私たちがどんな想いでやっているかと、やっている内容についてご紹介します。』それが自然ですよね?」。この答え方が正しいかどうかはさておき、話した内容は学校や本で学んだことではなく、普段の生活の中によくあるなんてことない1シーンです。でもそういうことに、大事なことが詰まっていると思っています。

 

あなたは、なんてことなさそうなことが何かに活かせた経験はありますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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『ロジック』って正しいの?

 

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 学生時代、周りの抜群のセンスやテクニックの高さに圧倒された私は、そこを少しでも追いつけるようにしながらも、理論的に考えるところで勝負するようになりました。いわゆる『ロジック』。でも、数年前から、その『ロジック』が大きな足かせになっています。理論的に考えること自体は大事なことなので問題ないのですが、理論に頼りきってしまうことが問題になってきたんです。具体的には、説明できないことには納得できなかったり、逆に理屈っぽくなったり…。これをやる意味は?なんて考えてしまって、行動も鈍くなったりしました。ロジック依存症です。

 

最初に壁にぶつかったのは、理論的にはうまくいくはずのことが大失敗に終わったときでした。目標としていた成果が得られなかったならまだしも、大失敗…。2回目はあるコンペティションで、募集テーマに沿っていない他者の作品が最優秀に輝いたとき。テーマに沿っていないのになぜ?と思いましたが、単純にその作品は素晴らしく、テーマの解釈次第では決して外れてはいませんでした。ロジックは時に間違いを生むこともある。ただ、感覚に偏りすぎてもダメだと思っています。一番は、思いっきりロジックで考える自分と、思いっきり感覚でつくる自分の2人がそれぞれいて、アイデアを行ったり来たりさせるのが理想的。今はまだ少しロジック寄りではありますが、その状態になりつつあります。

 

あなたは、理論的に考えすぎて失敗した経験はありますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

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入口と出口を分ければ解決?

 

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 最近利用したトイレには、入口と出口の2つの扉がありました。どちらも押して開けるドアで、反対側には取っ手が付いていないので開けられないしくみです。利用者で混雑していても、入る人と出る人のタイミングが重なっても利用者同士がぶつかったりしない工夫。…と思っていたら、そのトイレで利用者がぶつかってる状況に出くわしました。中から出ようとした人が開けたドアが、反対側でどちらから入るのか迷っていた人に勢いよくぶつかったんです。出口専用の向こう側に、入ろうとしている人がいるなんて考えなかったのでしょう。躊躇なく開けたドアでだいぶ強めに接触していました。ドアが1つのときは、そんなに強く開けることはないのに…。

 

便利になると気を配らなくなってしまうことはありませんか?例えば、カップのコーヒー。蓋がなければそーっと持ち運びますが、蓋が付いていると「こぼれないだろう…」と少し雑に運んでこぼれてしまったり。事故の無いようにと考えた工夫が、かえって事故を起こしてしまうこともあるのかと思うと、便利にすることが必ずしも正解かは難しいところ。駅のトイレの出入り口にドアを付いていないのは、荷物を持った利用者が多いからだと言われていますが、臭いの課題がありながらもドアを付けずに出入口の幅を広くとっているのは、利用者の気遣いが欠けないようにと考えているところもあるのかもしれません。

 

あなたは、便利がゆえに油断してしまった経験はありますか?

 

 

 

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普段から欲しいと言ってる?

 

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 特別な日でもないのに、プレゼントをもらったことがあります。頂いたモノは、私が日頃から「こういうのが欲しいんですよね~」とぼやいていたモノ。欲しいと言っていたのを覚えてくれていた人が、たまたまどこかで見つけたときに買っておいてくれたんです。決して安いものではなかったので恐縮してしまいましたが、有り難く受け取らせていただきました。ちなみに、欲しいと言っていたものはペンなんですが、「○○のメーカーの△△っていうペンなんですけどね~」と具体的に言っていたのを覚えています。

 

声をあげている人のところに、いろんな物事が集まってくるイメージはありませんか?チャンスは平等だと思いたいけど、なぜか特定の人にばかりチャンスが巡ってくる…。「全然、平等じゃないじゃないか!」と心の中で突っ込んだりしてしますが、実際はその人に集まってくるのではなくて、その人が自分で集めているんですよね。プレゼントの話はたまたまですが、つい最近はこんなことがありました。グラフィックの仕事でお世話になってる人に、他で空間コーディネートの仕事をしている話をしていたら、コーディネートの話が舞い込んできたんです。逆にコーディネートの方でもグラフィックの仕事ができて、「話をしてるだけで、こんなに変わるんだなぁ」と実感しています。「あれが欲しい!これが欲しい!」と言っていたら煙たがられてしまうかもしれませんが、「あれがやりたい」「こういうことができる」だったら、どんどん話してみるべきだと思っています。

 

あなたは、言っていたら本当にそうなった経験がありますか?

 

 

 

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若手デザイナーは女性がいい?

 

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 デザインを特別学んだことのない人のデザイン。私が今まで見てきた数なんてたかが知れてますが、個人的な統計では、圧倒的に女性の方が良いデザインをする傾向があります。平面のデザインで言えば、配色やレイアウト、余白の取り方からワードセンスまで、特別何もしていない(と本人が言っている)のに明確な差がある。昔ある人から、20代前半のデザイナーを雇うとしたら絶対に女性を選ぶと聞いたことがあります。子供の頃から女の子の方がませていて、ファッションにしても何にしても大人になるまでに得る情報量が男の子とは大きな差があるようで、目が肥えて自然と身につくそう。当時はただただヤキモチを焼いていましたが、仮に私が若いデザイナーを雇うとしたら、やっぱり女性を選びたくなってしまうかもしれません。

 

同じ大学の新卒の2名の男女がいて、男性の方が技量が上でも女性が採用されることもあります。それは、女性の方がデザイナーとしては即戦力だから。表に出ている情報だけで、スタートが同じだと思ったり、自分の方が秀でているなんて思ったら大間違い。女性向けの商品を作るなら、やっぱり女性の視点が欲しいですし、ケーキ屋さんの売り子さんも女性の方がいい。差別でもひいきでもなく、前提が違うんです。スポーツのスカウトが見ているのは、技量よりも、その人がどんなポテンシャルを秘めているかだったりします。

 

あなたは、「この人と同じようには見られてない…」と感じたことはありますか?

 

 

 

*イラストに登場する人や物は、すべて架空の設定です。内容は偏った見解ですが、物事を考える上で何かひとつでも気になってもらえたら嬉しいです。ちなみに、1年前はこんな記事でした↓  

 

 

 

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